プロフィール

あまのじゃくな人生遍歴

「先生」が嫌いだ。

幼稚園のころから「先生」との折り合いが悪かった。

母が教師の家庭の生まれで、その堅苦しさを嫌って家を出た人だということも理由の一つ。

中学のときに「将来の仕事を考えさせると、学校の先生になりたいとみんな言う」と当時の担任に言われ、絶対になるもんかと誓いました。・・・見事にこの誓いも破れるんですが。

 

高校のとき、バンド活動にどハマりました。必死に機材を買い拙い知識でコンクールに出ようと作曲したり。

進学校に行ったのにバイトと音楽、気づけば年を越していました。学校には寝に行っていたので、成績はヒドいものだったのに超落ちこぼれだったので、存在を消されていて補習に呼ばれませんでした

気づいたら卒業。進路も何も決まっていません。

友人に、「やることもないんだったら教員免許を取って一緒に塾をしよう」と誘われ、二つ返事で了解し、教育の世界に足を踏み入れることになりました。

その後は特に抵抗もなく、「やるなら頑張ろう」の精神で塾でバイトをしたり、プライベートでも仲良くなった不登校の子たちに勉強を教えたりしていました。

高校卒業後、久しぶりに受けた講義というものはすごく楽しかったです。「あぁ、授業受けるってなんか楽しいなー」って思ったのは当時の映像とともに覚えています。

なんとか大学を卒業し、たまたま声をかけてもらった学校で働き始めることになりました。

先生にならないんじゃなかったのかよ!・・・自分でも思いつつ妙に納得している自分もいました笑。

学級崩壊と実力も信頼もない自分

教育実習で行った学校もそこそこ荒れてはいたのですが、学級崩壊をしているクラスばかりの担当で1年目からしごかれました笑。

教育実習の時にも10時ごろまで残って授業準備をするのは苦ではなかったので、学校でも「実力や信頼がないんだから時間を注ぎ込むしかない」と思い、ひたすら居残って補習、空き教室で授業の練習や授業計画を練り続けました。

1年目の最後の定期テストでは他の先生の平均点をついに越えることができたのはすごく達成感がありました。

 

それもつかの間、定期テストで平均点が上がるように授業を見直したり補習の方法を変えたりし続けていた結果、クラス平均が他のクラスより20点以上高くすることができました

しかし、それが問題となってしまい管理職から手を抜くよう指導されることに。

僕は学校でがんばる目標を見失った

新境地を求めて塾をはじめる

学校では成績を取らせすぎると怒られるけれど、塾ではそんなことはありません。

ついに友人と塾を開くことになりました。

広告制作もホームページ作成なども全くやったことのないことばかりでしたが、「分からないなら時間をかけてできることを全力でやる」ことの大事さを知っていたのでがむしゃらに頑張っていました。

始めたての塾だったこともあり、勉強が大嫌いで大変な子たちばかりでしたが、熱意が伝わったのか成績も普通以上のレベルまで押し上げることができました

行く高校もないよと言われていた子たちも学校を選べるようになったり、本当に充実した時間でした

裏切りと絶望

テナントが手狭になったこともあり、新しいテナントを探し移転をすることになりました。

内装工事もしっかりして、出費はかさんだけれどこれからはここで頑張ろうと気持ちを新たにしていたときのことでした。

塾生の保護者から共同経営者である友人がセクハラをしているという連絡を受けました。

 

意味がわかりませんでした。

え・・・?あいつが?なんで・・・?

どれくらいの期間、どんな行為をされてきたかを聞かせてくれました。本当に気持ち悪くて意味がわかりませんでした。

あまりのことに現実味がなさすぎると思っていたのですが、信じたくはありませんでしたがそれは事実でした。

なによりショックだったのは本人が全く悪びれていないことでした

灯台下暗しの信頼

古くからの友人であったこともあり、信頼をしていました。

成績をうまくあげられないとか、生徒がなかなか集まらないとか、そういったことはあるだろう。想定していたことでした。

ただ、まさかこんなレベルの問題を起こしてくるなんて思ってもいませんでした。

思い返せばほころびはすでにありました。

出資は全部僕が請け負うことになっていたので、本人にとってそこまでの思い入れや責任はなくなっていたのかもしれません。

消えた罪人、残った負債

居心地が悪くなったのか、彼は消えて行きました

この土地ではこれ以上続けられなくなり、廃業することに。

なんとか一人で全ての教科と学年を指導して第1志望に全員合格させて、幕引きとなりました。

一番は精神的にぐちゃぐちゃになっていました。いったい俺は今まで何を信じていたのだろう。何を見ていたのだろう。・・・と。

ずいぶんと遠回りしたもんだ。

ゼロになろう。何をしよう。

なんとか自分の中でこの事態を肯定的に捉えることにしました。

よかったじゃないか。

分かってよかったじゃないか。

今の時期に分かれてよかったじゃないか。

色々と嫌にもなっていましたが、これで腐っていては何のために生きているのか分からない

今から自分は何ができるだろう?

何がしたいだろう?

せっかくだからやりたいと思っていて、勝手に今まで諦めてきたことを全部やろう。

 

どうもブログはネットの世界における家のようなものらしい。

それがブログをはじめようと思ったきっかけです。